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涼山・西昌訪問記(5日目)

2008-09-02-Tue-00:38
7月26日 土曜日
今回の滞在中、夜から明け方にかけて雨が降り、昼間は晴れるという天気が続きました。
この日も朝になってもまだ雨が残っていました。その雨の中をまだ写真を撮っていなかった炬火広場へ行って、写真を撮ってきました。あとは帰り支度をするだけです。西昌空港を10時の便で発ち、成都で成田行きの便に乗り換えました。成都の国際線の窓口は何かトラブルがあったらしく、しばらく閉まったままでした。セキュリティチェックはかなり厳重で、ベルトの裏まで調べられました。北京での乗り換えはちゃんと案内がいてスムーズに進みましたが、なぜか出発が遅れ、成田には40分程遅れて到着しました。おかげで上野に着いたときは高崎線の終電が出た後で、仕方なく上野のビジネスホテルで一泊する羽目になりました。全く最後まで気の抜けない旅でした。
西昌空港
西昌空港

今回も西昌で活躍なさっていらっしゃる皆さんにはたいへんお世話になりました。貴重なお時間とお金をたくさん遣わせてしまい、何よりもこんな気まぐれな僕に本当に親切にしてくださり、心から感謝しています。JICAの研修で初めて西昌へ行った4年前、そして2年前と1年半前、そして今回と、西昌の街も人もどんどん変わっているのが分かります。物価もだいぶ上がっているようです。そんな中で西昌の人たちのために一緒になって活動なさっている皆さんの姿を拝見し、お話を聞き、一緒に行動させていただき、僕も元気をもらいました。shin先生や造林プロジェクトのみなさん、それに今まで西昌に携わってきた協力隊員の皆さんの活動が引き継がれ、発展しているのが分かって、とても嬉しかったです。学生さんたちとの授業には反省がたくさんあり、果たしてどれだけお役に立てたか疑問が残りました。でも、熱心に学んでいる生徒さんたちに対し、僕も(たいへん微力ではありますが)一所懸命にやったつもりです。日頃忘れがちなことなのですが、教えるってとっても充実した楽しいことなんですね。ただこれが僕の自己満足で終わらないことを祈るばかりです。小林先生、工藤さん、土屋さん、本当にありがとうございました。そして李先生、本当に感謝しています。どうかお酒で身体をこわすことがないように気を付けてください。



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涼山・西昌訪問記(4日目)

2008-09-01-Mon-23:50
7月25日 金曜日
<朝のジョギング>
久しぶりにジョギングができました。炬火広場をぐるりと回り、農業校まで行って来ました。
炬火広場はかなり広い施設です。翌日からの火祭の準備が進められていました。でも、今年は地震で亡くなった方を悼む意味で、祭の規模を縮小して行われるそうです。
公園1
公園2


<礼州へ>
李先生が礼州へ連れて行ってくれました。礼州は昔から人や物の行き交うところだったそうで、由緒ある建物もあるということでした。古くから残る城門の中の鎮と、その外に新しくできた町と、建物も人
の暮らしぶりも全く違っています。鎮の中の床屋は電気バリカンで髪を刈っているのに、外ではきれいな美容院があります。昔の金持ちの旧家とブティック。古い商店とスナックの屋台。その落差の大きさに逆に歴史を感じました。
礼州1
古い鎮の街並み
礼州3
新しい街並み
礼州2
金持ちの旧家

<邛海へ>
西昌で昼食(唇も舌もヒリヒリするような麻婆豆腐!)を済ませ、午後は邛海公園へ連れて行ってもらいました。大きな湖です。李先生は小さいとき初めて邛海を見て海だと思ったそうです。家族連れで賑わっていました。ひもの先にカニを結びつけて遊んでいる子がいました。手漕ぎの船で向こう岸へ渡りました。湖上の風は涼しくて気持ちよかったです。船頭さんは60才を超えていて、もう何十年も船を漕いでいると言っていました。これはかなりの重労働です!対岸には焼き肉屋や遊園地があります。美しい景色を見て涼しい風に吹かれながらお茶を飲みましたが、いくら観光地値段とはいえ、お茶だけでその日の昼食代の半分もするなんて高すぎます!邛海の周辺も観光地化されて、以前の素朴な面影はだいぶ無くなってしまったと李先生が言っていました。
キュウ海

<焼き肉>
彝族の工芸品の店で李先生からお土産をいただきました。ありがとうございます。ホテルで小林先生と、喜徳農園で活動なさっている協力隊員の土屋さんと落ち合いました。土屋さんは埼玉の出身で、会社に勤めていたときは僕の故郷のいわきに住んでいたこともあるそうです。本当に奇遇です!そこで日本から持ってきた雑誌やDVDをやっと渡すことができました。夕食は焼肉と決まり、元JICA造林プロジェクト事務所の向かい、山国幸福館のはす向かいにある焼肉店へ行きました。日本人にお馴染みの韓国焼肉とは違った味付けです。レタスで巻いて食べるのが定番、それと一緒に出てきたのがきな粉でした。きな粉をつけて食べるようです。漢字ばかりのメニューからいろいろ憶測して怖いもの見たさも半分でオーダーしたら、イモムシみたいのやら(蜂の子だそうです)豚の脳みそやらいろいろ出てきました。出た以上は食わねばならぬと恐る恐る食べました。まあ口に入れてしまえばそれなりに何とかなるもんですね。
焼肉1
イモムシ(蜂の子)だぁ~
焼肉2
豚の脳みそだぁ~

<李先生とお別れ>
焼肉で満腹になり、タクシーを拾って二期生たちが授業を行った学校へ向かいました。そこには李先生の宿舎があります。学校の前で李先生がタクシーを降りました。これで李先生とはお別れです。またいつの日か、今度の冬か来年の夏にまた会いましょうと言って別れました。次に向かったのはコーヒー店です。久しぶりにおいしいコーヒーを飲み、ケーキを食べながらいろいろなことを話しました。西昌のこと、中国のこと、日本のこと、とにかく話題は尽きませんでした。店の前でお二人とも再会を約し、お別れをしました。別れはやっぱり寂しいものです。
マザキチ
写真左 青年海外協力隊の土屋さん







涼山・西昌訪問記(3日目 皇崗小学校へ)

2008-09-01-Mon-23:47
<皇崗小学校へ>
徳昌で看護師の協力隊員をなさっている工藤さんと合流し、皇崗小学校へ向かいました。自己紹介をしてびっくり、なんと工藤さんは僕の勤務校の隣の学区の幡羅中学校の卒業生なのです! 奇遇ですねぇ…。今は夏休みなので子供たちの様子を見て、先日撮った写真を渡しに行くことになっていました。その前に衛生検査のときお世話になった中心小学校の近くの保健師さんにお礼に行くことになりました。4年生以上の子供たちは中心小へ通います。家の遠い子たちは学校の中で寮生活です。途中の山道は緑がとってもきれいでした。中心小への道は恐ろしいような山道でした。保健師さんはお留守だったので、中心小を見てから大石頭村へ戻りました。子供たちは午後は羊の放牧に行っていて、あまり会うことはできませんでした。でも会った子たちは元気いっぱいです。工藤さんがちゃんと手を洗っているかなどを聞いていましたが、どうも答えはNoだったようです。村の中心に水道が引かれていて、おばあさんがそこでジャガイモを洗ったり、子供が水を汲んで家へ運んだりしていました。この水道はごくごく最近できたらしく、小林先生も驚いていました。村には4年前に見学した苗の試験場があります。今も何かを栽培しているらしくビニールハウスが並んでいますが、建物がなくなり雑草が広がり、なんだか寂しくなりました。
大石頭村3
大石頭村2
大石頭村1

<きのこ鍋>
ホテルへ戻り少し経って荷物が届きました。熊谷名物の五家宝を渡しました。工藤さんが喜んでくれました。夕食は4年ぶりのきのこ鍋です。いろいろな出汁が効いていて美味しいかったです。店はお客でいっぱいでした。新製品の清涼飲料水を飲みました。なにやら煎じ薬を甘くしたような感じの味でした。
きのこ鍋1
きのこ鍋2

<夜の大通門>
ケーキ店でお土産のお菓子を買い、夜の大通門へ行きました。ライトアップされてとてもきれいでした。大通門から東門の方へぶらぶら歩きました。李先生は中学校時代に親元を離れてこの近くに下宿していたそうです。このあたりの古い街並みも急激な開発のためにそう遠くないうちに取り壊されるだろうということでした。非常にもったいない、風情ある街並みを大事に残してほしい、とは思うものの、そこに住むみなさんには生活の便利さは切実な問題でしょう。無責任なことは言えません。みなさんはこの後、阿蘇先生の弟さんと飲む約束があるということで、ホテルで別れました。僕はもちろん荷物の整理です。
夜の大通門1
李先生、工藤さん(写真左 青年海外協力隊)と
夜の大通門2

涼山・西昌訪問記(3日目 朝の街の様子)

2008-09-01-Mon-23:19
7月24日 木曜日
朝の月城広場太極拳をする街の人たちのグループ。中には剣を持っている人たち、旗を持っている人
たち、グループによって様々です。川沿いの道では以前は鳥籠を木に吊して鳴き声を競 い合う人たちがたくさんいましたが、今はテントが並ぶだけでした。
朝の西昌

<大通門付近>
昔の城壁の門を修復した大通門へ行きました。途中近在の人たちが農作物や鳥などを持ち寄って市場が立っていました。ごった返すような人混みで、エネルギーとパワーが充満した感じ、これこそ懐かしい〝アジア〟の感触です。大通門から先は古い街並みが続きます。旧市街なので道も狭く伝統的な建物が並びます。狭い通りの両側に野菜、米、鶏、アヒルなどの市が立っています。そんな中をバス、自動車、バイク、チャリンコタクシー等が行き交います。バス同士がすれ違えず立ち往生して交通渋滞が起こっていました。人々の身なりも4年前に見た懐かしい様子です。その通りをまっすぐに進み北門を見てきました。こちらはひっそりとした感じです。そこから地図にある古白塔を見に行きましたが、今そこは人民解放軍の施設になっていて塔を見ることはできませんでした。塔へと続く一帯も大きな建物を建てている最中でした。民族中学から見えた古い城壁はどうなっているのでしょう。
南街
南街の風景
大通門
大通門の楼閣(中はミニ博物館)

涼山・西昌訪問記(2日目 職業クラスへ)

2008-09-01-Mon-23:04
<小林先生、李先生と>
成田で買って手荷物に入れておいたUNIQLOのシャツに着替えました。こんなふうに役立つとは、成田を出るときには考えもしませんでした。12:40にお二人と会い、昼食へ。四川の家庭料理でした。

<そして農業校(職業クラス)へ>
クラスは予定より早く夏休みに入っていましたが、生徒さんは13人集まっていました。それと地震で大学が休みになって戻っていたオウさん(王さん?)。初対面なので自己紹介から初めて、あとは生徒さんからの 質問に答えるという形で進みました。西昌の印象、家族のこと、趣味、映画やアニメ、etc。質問が少なかったので、こちらから「なぜ日本語を勉強しようと思ったのか」「日本語を覚えてどんな夢を持っているか」などの質問を しました。そんなこんなで一時間以上経って休憩。その後教室から出て、芝生の上で涼風に吹かれながら、車座になって座り、生徒さんたちが一人ずつ自己紹介をし、その後も何となくおしゃべりをして過ごしました。今回は今ひとつ盛り上がりに欠けたのが反省です。
第三期の生徒さんは経済的に豊かな家庭の方も多く、職業クラスの本来の目的から少しずれている
ということでした。美容院できれいにカットした髪の生徒さんもいました。以前日本語を学ぶ動機を聞かれ、「日本のアニメを日本語で見たいから」と答えた生徒もいたそうです。第一・二期生のみなさんとは日本語学習に対するモチベーションが少し違うと聞いていました。生徒さんたちは日本企業に勤めたいと思ってはいるが、具体的な目標はないので、何か就職活動に役立つようなアドバイスになる話を、ということでした。でも、私自身企業に勤めたことがないので、それに就職活動もずううううううううっと昔のことなので、あまりお役に立つ話ができなかったように思います。
でも考えてみれば、二年前の二期生のみなさんと初めて会ったときも積極的に話をする人は限ら
れていて、一言も日本語を話さなかった方もいました。日本語学習を始めて一年足らず、自信がないので内気な方はなかなか話せないのでしょう。外で丸くなって全員が自己紹介をして、ラフな雰囲気でおしゃべりできたのはよかったです。
職業クラス2
職業クラスの李先生(写真左・日本語教師)と小林先生(青年海外協力隊・日本語教師)
職業クラス1
生徒との交流、まずはお互いに自己紹介!
職業クラス3

<山国幸福館>
6:30に農業校を出て、阿蘇先生と弟さんが経営なさっている彝族料理レストラン「山国幸福館」へ向かいました。ここは、「みんなが幸福でなければ本当の幸福ではない、みんなが幸福になれるように」との願いを込めて、利益が出たら職業クラスの生徒さんをはじめ貧しい人たちのために遣おうということで、一年程前にオープンしました。早くそのようになってほしいものです。職業クラスの学生さんも3人がアルバイトをしています。食事をしていると阿蘇先生、弟さん、李先生の同僚のマー先生、そしてそれぞれのお友だち、さらにそのお友だちと、次々にいらしては小さなカップにビールを差しつ差されつまた差しつ… そして友情の証のようにたばこを差し出します。僕はアルコールがほとんどダメなので口を付ける程度で許してもらいましたが、中国の方は酒がお強い!そして強くなければ人付き合いができない!!(実は李先生は前日からお友だちと飲んでいて、帰ってきたのが午前5時だったそうです。李先生はたいへんいい人なのでお酒に誘うお友だちもたくさんいて、しかも断れないのです)
イ族料理
山国幸福館での料理の数々

<その夜>
8:30、まだ明るい。さすがは中国時間。いったん皆さんと別れて李先生に付き合ってもらい、とりあえずの着替えを買いに行きました。その後ジュースを飲むということで皆さんと再び合流したのですが、マー先生のお友だちとそのお友だちも一緒にビールで盛り上がっていました。そしてさらに別のお友だちもいらして差しつ差されつまた差しつ… カンペー、カンペー、またカンペー… そして差し出されるたばこ。皆さん本当にお強い、小林先生も程よく付き合っていらっしゃる。11:00頃、先に帰らせてもらいました。ホテルにはまだ荷物は届いていません。どこへ行った、俺の荷物! 果たして荷物は無事に渡せるのか? (李先生はこの夜は3時まで飲んでいたそうです)


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